司馬遼太郎さん著「この国のかたち」〜農業土木としての”田”と”名田”を観ていく〜

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どうも。TrioFです。

最近、司馬遼太郎さんの「この国のかたち」を牛歩ながら読み続けています。

この本は”そういう見方があったのか”と色んな発見が多数あり、とても面白いです。

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農業土木としての「田」

日本の集落が、稲作をベースに「谷」から始まったとする興味深い見解がありました。以下に紹介します。

  • 山からの水を受けて水平に張り水するために、「田」という”農業土木的”な受け皿が必要。
  • 「田」から水を抜くために、排水溝を作らねばならず、要するに稲作は”農業土木”がセットになっていた。
  • 「田」という農業土木を造成するには、「谷」がもっとも良い。緩やかな傾斜面に、上から棚のように「田」を造成して下へ下り、ついには谷底に至る。
  • 日本は二千年来、元々谷住まいの国だった。

上記は鋭い視点だと思いますね。今は平野部に「田」があるイメージ強いと思いますが、それは灌漑技術が成熟した比較的近世に入ってからだと思います。

稲作が永らく基軸として日本を支えてきたという歴史を振り返る際に、「田」というものを”農業土木”として捉える視点は面白いな、と思いました。

名田とは

この本を読んで初めて知ったのですが、もともと戦国時代からの「大名」とは、「大いなる”名田”の主」を指すとのことです。

司馬遼太郎氏によると、この「名田」が、日本史を一変させるキーワードであるとのこと。

  • 「名田」とは、「占有者の名(元来地名である場合が多い)を冠した田地」のことで、特に昔の関東地方の場合、「名田」は”墾田”(律令的な土地公有制のなかの私有地)であることが多かった。
  • 勢力のある無名の首領が、「田」をつくり(墾田)、やがて大小の農場主(”名田”の名主)として成長。

更に、この「名田」が、日本人の苗字(名字)と姓に繋がっているというのが、司馬遼太郎さんの主張です。

  • 「平家物語」で登場する「実盛」のことを、「長井”の”斎藤別当実盛」と呼称。この「長井」というのは、武蔵国の北辺にある土地の名(今の埼玉県の妻沼町あたり)で、実盛の祖が開き、「名田」にしていた。
  • だから、長井”の”となる。この時代、その人を呼ぶのに地名に”の”がつけば、その地の「名田」の主ということになっていた。
  • この「の」は、室町時代に入ると次第に消えていく。世々の変遷のあげく、人々の多くが苗字の興りの「名田」の地を離れてしまったことによる。

私たちの苗字(名字)の1つの起源の話として、とても興味深い視点ですね。どうも、この時代の「の」は、フランスにおける領主階級(あるいはその称号)をあらわす「ド」や、スペインにおける「ドン」、オランダの「ファン」、ドイツの「フォン」と同じ位置づけになるそうです。

ヨーロッパでも貴族称号には領地の地名が付くそうで、日本と同じような状況があったということに新鮮な驚きがありました(私が単に知らなかっただけだとは思いますが)。

おわりに

日本がどのようにして成り立ってきたのかを語る際に、「田」という視点を持つことが、1つの糸口になるのかもしれません。引き続き読み進めて、自分なりの発見を紹介していければと思います。

プロフィール

IT/電機系メーカーに勤めるサラリーマン。勤続約20年。遅まきながらSNSを始めたにわかブロガー。良い書籍、コミック、喫茶店、グルメ、旅行、ゲーム等々 役に立つ情報発信すべく日々活動中。

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